いすみ市の概要
いすみ市は、千葉県の南東部に位置し、ほぼ50キロメートル圏に千葉市、70キロメートル圏内に首都圏の主要都市があります。市の東側は太平洋に面し、北部は長生郡一宮町・睦沢町に、西部は大多喜町に、南部は勝浦市・御宿町に隣接しています。温暖な気候と肥沃な耕地に恵まれ、四季折々の農作物が豊かに稔る田園都市です。基幹産業である農業は、米・野菜の生産が盛んで、漁業では日本一のイセエビ水揚げ量を誇る大原漁港を擁しています。また、ゴルフ・サーフィンなどの観光地としても有名です。
いすみのあゆみ
古代において、この辺一帯は、柴胡(さいこ)という草が一面に茂っており、柴胡原と呼ばれ、人は住んでいなかったとされています。
鎌倉時代末期から室町時代にかけて、この地域は鎌倉府の直轄領で、犬懸上杉氏の被官(二階堂・畠山・狩野など)が夷隅地方に土着して在地領主へと発展しました。大野城跡は、狩野氏の本拠地でした。
応永19年(1412年)には、土岐時政が摂津国富山城から移り、万喜城を築城しました。土岐氏は、安房の里見氏と婚姻関係を結んだとされています。永禄7年(1564年)の第二次国府台合戦後、小田原北条方に敗れた左京太夫頼春は、万喜城を焼き払って三河国へ退去しました。それ以降、小田原北条氏と近隣の武田氏・里見氏・正木氏との間で激しい抗争を繰り広げることになりました。その後は、江戸から房州への旅人を対象とした旅館が建ちはじめ、商店が開かれるなど、房総の宿駅として発展し栄えました。
夷隅郡は、明治22年(1889年)の大合併直前には165町村を数えましたが、合併により23町村に再編され、大多喜町に郡役所が置かれました。その後も合併を重ね、昭和29年(1954年)には夷隅町、その翌年には大原町、昭和36年(1961年)には岬町と、いすみ市の前身である3町がそれぞれ誕生しました。
平成の大合併においては、その3町は、勝浦市などとの合併を模索し、新市「外房市」が誕生する予定でしたが、勝浦市が市役所の位置や新市名などに反発したことにより、勝浦市が合併協議から離脱して破綻しました。しかしその後、8回に渡る合併協議を重ねた夷隅町・大原町・岬町の3町は、平成17年(2005年)に「いすみ市」として生まれ変わり、新しい時代に向かって歩みはじめました。
いすみの名前の由来
地名は夷隅郡の郡名を採って名付けられました。夷隅の語源は、古くは古事記に「伊自牟(いじむ)」、日本書紀に「伊甚(いじみ)」として登場する地名であり、日本書紀には朝廷の直轄地として「伊甚屯倉(いじむのみやけ)」が置かれたとの記述があります。郡名としては、様々な当て字が用いられてきたが、江戸時代初期に「夷隅」の字が当てられ、定着したとされています。
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いすみ市郷土資料館 |
| 住所: |
〒298-0124
千葉県いすみ市弥正93-1 [地図を見る] |
| 電話番号: |
0470-86-3708 |
| 開館時間: |
9:00〜16:30 |
| 休館日: |
月曜日、祝日(月曜日が祝日の場合はその翌日)、12月28日〜1月4日 |
| 入館料: |
無料(特別展示のみ有料) |
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